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ちょっと変わった地名の秘密
皆さん、こんにちはエージェント藤田です。
浜松市に限らず「地名、町名」には色々と由来があったり
その地方独自の名称だったり、歴史的なストーリーがあっ
たりするものですよね。
浜松市にもそんなちょと変わった地名があります。
ネイティブ浜松人なら誰もが学校で習い、知っているお話
で浜松市の歴史で欠かせないのが
「浜松城&ショーグン家康公」
後に天下を取り、徳川幕府を築いた「徳川家康公」がまだ
ブレイク前夜、言わばインディーズ時代に居を構えた浜松城。
インディーズ時代、弱小ファミリーの一つであった彼が
「やっちまったな!」というのは歴史上有名な話ですが
なぜか地元浜松でも「名君」だとか「立派な話」より
揶揄されるような逸話が多く残っています。
そんな彼が戦に敗れ逃走路で起きたエピソードから付け
られた地名がこちらです。
【小豆餅】(あずきもち)
武田の軍勢に追われ鎧まで捨て単身逃げる途中に慌てて
茶店により小豆餅を食べたという逸話からつけらた町名。
【銭取】(ぜにとり)
あまりにも慌てて城まで逃げようとする家康が(小豆餅の)
代金を払わずに出ていいってしまい代金を取りに店主が
追いかけたという逸話からつけらた地名。
【布橋】(ぬのはし)
武田軍に追われた徳川軍が退却後に犀ヶ崖に布の橋をかけ
渡し本物の橋と見誤った武田の多くの兵士が崖に落ちたと
いう逸話からつけられた町名。
「食い物」「食い逃げ」「作戦名」ですよ。
これが中2の思い出なら「うわぁ~」っと記憶を抹消したい、
中2の同窓会には絶対出ない程の汚点なのに、地名として後の
歴史に上書き保存ですよ。
【小豆餅~浜松城】
こうして地図上を見ると戦に破れた徳川家康は現在の
257号線(通称姫街道)を南下し浜松城へ逃げ帰った
ようです。
後に天下を統一し、徳川幕府まで築いた日本を代表する
武将「徳川家康」を排出した浜松。
にも関わらず地元では、なぜかユーモラス、というかどちら
かと言えば「残念な」エピソードが逸話となって残っているの
はなぜでしょうか。
恐らく当時を知る浜松の人間にとっては晩年こそ天下を治め
全国的な有名人となった徳川家康公も若い頃、地元ではこんな
失敗をした(人間味のある)人だったという親しみを込め語っ
ていたのではないでしょうか。
という訳で今回は浜松のちょと変わった地名の紹介でした。
投稿日 2008年9月20日│エージェント藤田
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